2010.04.10

日本料理のこと part1


今回は日本料理について、私の思うことを書いてみます。

そもそも、私が料亭青柳に入社したのは1994年。
今から16年前のこと・・・
当時私は、大阪でフランス料理店ポンマリーのシェフとして2年目を向かえていました。
お客様やオーナーにも大事にされ、充実した日々を送っていましたが
夢に向かってがむしゃらに努力していたヨーロッパ修業時代の刺激的な日々を懐かしむ思いや
毎月、自らの生み出す料理がグランメゾンのレシピのアレンジの枠から抜け出せず
自分の中の料理の壁を越えたいという思いから、
再度渡仏し、当時のトップレストランであるロビュション、又はミッシェルブラスに
仕事のオファーを入れるか、未知の世界である日本料理の世界に飛び込むか迷っていました。

その頃、青柳の小山氏がパリのプラザアテネで開いたフェアーの記事を読み
その料理哲学やフェアー料理の写真の素晴らしさ、斬新さを感じ
この人の下で修業したら、自分は新たな料理の世界に進めるかもしれないという
漠然とした思いから手紙を出しました。

面接で、来るなら見習い待遇という事と特別扱いはしないという条件で
瀬戸内海を渡りました。
当時、青柳にいたのは、凄腕の青柳はえぬきの先輩達と
まだ20代前半と若く他店から来たばかりの小十の奥田君、龍吟の山本君
そして青柳の経営する調理師学校には神田の神田さんがいました・・・

part2に続く。。。



posted by 伊東淳一 at 13:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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